アジア旅写真「いつかどこかで」スローシャッター

スローシャッター ~写真の隙間の物語~

 何気ない一枚の写真。ですが、その写真が撮影されるまでには、撮影者しか知らないたくさんの出会いや別れ、トラブルや大自然からの洗礼、そして思いもよらない偶然が積み重なります。写真を見ているだけでは決して知りうる事のできない舞台裏こそ、写真を撮るために旅に出る-面白さなのではないか?と私はいつも考えています。ここでは、そうした普段語られる事のないストーリーを『スローシャッター』と称して、少しではありますが不定期でご紹介していきます。

File1 ミャンマー アラマプラ 『世界で最も長い橋に夕日が沈む、その時を目指して』
File2 ベトナム カントー ハウザン後江 『アジア最大の水上マーケットを探す旅』
File3 中国・雲南省 元陽 『ハニ族の雲の上の梯子』

File No3 ハニ族の棚田

中国・雲南省 元陽
『ハニ族の雲の上の梯子』
2009年7月1日公開

 1993年、私がまだ18歳だった頃、1枚の写真に出会った。その当時はポケベルからPHS(携帯電話じゃなくて)を持ち始める人が最先端だと言われていた時代。インターネットも一般の人の道具ではなく、パソコンもネットをするためよりもパソコンゲームをするのが主流だった。その写真との出会いは15年以上前の話にもなるので、どの雑誌で見たかはもう覚えていない。しかし、朝日を受けて光り輝く美しい田んぼのその荘厳なる光景は私の目にしっかり焼きついた。日本国内を「青春18切符」で鈍行の旅ばかりに明け暮れていた私にとって、海外はまだ怖くて、それに飛行機に乗って行かなければならない、縁遠い存在だった。しかし、その美しい写真は忘れる事ができなかった。
 次にその写真がただの田んぼではなく、棚田(急斜面に作り上げる田んぼの事)であり、中国の雲南省で撮られたものらしいと知ったのは、1999年。私が大学を休学して、世界1周の一人旅をしている時だった。しかし、その時はそれが広大な雲南省のどこにあるのかすらわからずに中国を後にした。1年後、帰国した私はその美しい写真の場所が雲南省の奥地、元陽という街で撮られた事を知る。そして2002年、私はその元陽の棚田を見るために雲南省に向かった。そこはまさしく私が以前写真で見て忘れられなかった場所であった。そして7年後の2009年、縁あって再びこの雲南省の奥地にカメラを持って旅に出たのだった。


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↑棚田で田植えをするハニ族とイ族の女性たち

 雲南省の省都 昆明まで飛び、深夜の昆明空港からタクシーに乗って予約していたホテルへ。英語も通じず、片言の中国語と筆談を混ぜ合わせ運転手と雑談をしながら、窓の外の昆明の高層ビルの夜景を眺める。翌朝は高速バスターミナルで目指す元陽へのバスのチケットを購入。幸いな事に座席は満席ではなく、窓口のスタッフも愛想笑いをしながらチケットを売ってくれる。以前来た頃にはスタッフがチケットを売る作業が面倒なので「没有!(チケットは売り切れだよ!)」と断られていたものだった。バスは5時間ほど南へ走り、そしてそこから1時間、ガードレールもない急斜面の道路をエンジンを高鳴らせながらゆっくりと登っていく。さきほどまでバナナが自生していた場所とは思えないくらい涼しい山の上の街。そこが目指す終着点 元陽だ。IMG_9125.jpg
↑田植えの合間をぬって、みんなでお昼タイム。日本の農村では見かけなくなった風景がここにはまだ残っている。

 元陽はいまや中国人の中国国内旅行ブームに乗り、写真愛好家の中でも死ぬまでに一度は行きたい撮影地とまでに言われるようになった。世界遺産に登録する動きも一時はあったほどで、中国人観光客も増え、街の整備も急ピッチで進んでいる。でも、この街にいるだけでは目指す光景にはたどり着けないのだ。目指す場所はこの町から更に27㌔、カーブの続く山の道を1時間かけて向かうのである。翌朝、5時にホテルを出て、昨晩チャーターしておいた車に乗り込み日の出が最も幻想的である多依树村へ向かう。



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↑5月にここまできれいな雲海と棚田の水鏡が見れる事は滅多にない、とても幸運な日だった。

 まだ真っ暗な山の斜面をライトで照らしながら、ゆっくりと降りる。この闇夜の向こうに棚田の一群が確かに存在し、真正面から朝日が昇ってくるハズだ。あるべき暗闇の中から何か自然の巨大なパワーが押し寄せてくるような感じがして、三脚にカメラを据え付けて、レリーズをセットした後もずっとその暗闇に目を凝らしていたのだった。bin chi007_01.jpg 時間がたつにつれて、東の空はうっすらと明るくなり始め、辺りを覆っていたガスが風に乗って動き始めた。大気が動き出したと言う事は、日の出もまじかな証拠だ。風が吹くたびに一枚一枚ガスのカーテンが取れていき、そして最後のカーテンが取れた時、谷間一面に広がるハニ族の棚田が姿を現した。その後も朝焼けが東の空を染め始めて、その淡い紫の空の色が、田植え前の水の張った数千もの田に反射して谷間全体が紫色に光り輝く、美しい光景が姿をあらわした。

 朝焼けの撮影が終わると、元陽周辺に散らばる棚田のスポットの撮影に出かける。棚田の美しいスポットは既に多くの人に知られており、日の出の雲海で有名な<多依树>、夕景の美しい<壩達>や<猛品>の3つが特に有名な所だ。それぞれに十数キロ離れているので、これらをまわるのにも現地で車をチャーターするなどの手間がかかるが、その労を担うだけの価値は十分にある美しい光景を見る事ができる。


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↑元陽には多くの棚田スポットがあり、太陽の位置によってその美しさは大きく変わる



<アクセス>元陽は棚田の観光拠点となる旧市街(新街鎮)と新しくできた行政地区の南沙の2つの街で成り立っている。南沙は新街鎮が山の上で土地もない事から、山を30㌔ほど下った平野に作られたので、お互いの街を行き来するのに車で1時間ほどかかる。元陽を目指すのには中国・雲南省の省都・昆明からバスで約6~7時間ほどかかる。英語はまず通じないので、中国語がしゃべれる方が車のチャーターなどの効率が良い。


大きな地図で見る
↑世界で最も広大であると言われる元陽の棚田。ここを発見したのも衛星写真を解析していた欧米人だという噂もある。宇宙から見ても目立つこの棚田の広さはその話があながち嘘でもない気にさせてくれる。